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まどのじかん 第五話 動く窓のしわざ

糸の切れた凧みたいに
私の知らないスピードで
ハンカチは遠く後ろに
消えていった。

遠いあの日の記憶の中、車の窓から風に吹かれてたなびくハンカチ。窓の外の景色や匂いもありありと思い出せそう。

向かいに住むお兄ちゃんが「彼女と近くをドライブするけど、後ろに乗るか?」と誘ってくれたことがあった。私が小学3 年か4 年のころだったと思う。少し不良の香りがするお兄ちゃんはいつも優しく、家の前で遊んでいた私をひょいと誘ってくれたのだが、ふとしたときに、あれはいったいどこだったろうかと思っていた。

育った横浜は、海沿いや埠頭、見晴らしのいい丘に続く坂道、繁華街の先のトンネルを抜ければ少し寂れた町と、車で少し回るだけで流れる景色に加えて鼻腔をかすめる匂いの変化が著しく、車の窓を開けて走ると面白い。そして車は、ずっと窓際に居られる上、窓を動かしてくれる素敵な乗り物である。窓が動くということは、窓越しの気配が一気に能動的に絡み出し、匂いと記憶をリンクさせる装置になる。

数カ月前、本牧から新山下に続く一本道を窓を開けて走ったとき、あれはここだったのか、とわかった。あの日、お兄ちゃんと彼女の会話を遠くに、私は全開の後部座席の窓からお気に入りのハンカチを指で軽くつまんで、ひらひらと風になびかせて遊んでいた。それもつかの間、ハッとした瞬間、糸の切れた凧みたいに、私の知らないスピードでハンカチは遠く後ろに消えていった。デートの邪魔もできず、戻って探したいとも言えず、ついていったことを少し後悔しながら、大丈夫、と言ったことを思い出す。小さな偽りとまっすぐな一本道。
最近、たまにその道を通るのだが、私はちらりとミラー越しに、ハンカチを探すのを楽しんでいる。窓が動きだすと、そんな些細で愛おしい記憶の窓が開いてしまうようだ。

写真・文:クリス智子

Chris Tomoko (くりす・ともこ)

ラジオパーソナリティ。現在、東京のFM局J-WAVEにて『GOOD NEIGHBORS』(月〜木曜13:00〜16:00)のナビゲーターを務めるほか、TVナレーション、執筆などで活躍中。

La Finestra Vol.25より転載

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